マーク・オコネル
「トランスヒューマニズム」は聞き慣れない言葉だが、「超人主義」とも訳される。最先端の科学技術を駆使して人間の身体能力や認知能力を強化・拡張し、既存の人間存在を超えた「進化」を目指す過激な思想運動である。
人類の「進化」というと、精神世界でのアセンション(高次元への上昇)などの精神変容を思い浮かべるかもしれないが、これはそれとは程遠い。内容はかなりSF的で突飛ではあるが、科学体系に基づいた概念である。
最近、米国で「トランスヒューマニスト党」のような政治団体が登場し、大統領選に出馬すると言われているのには驚きだ。
しかし、一言で「トランスヒューマニスト」と言っても、その実態は非常に多様である。そもそも、その基盤となる「最先端の科学技術」自体が、専門家でも追いつけないほど多様であるのだから当然である。
本書は、ジャーナリストであり文芸評論家でもある著者が、実際にさまざまなトランスヒューマニストに会い、徹底したインタビューをもとに彼らの考えや実践をレポートした衝撃的なレポートである。
著者はもともとサイエンスライターではないが、その分、内容は専門的すぎず、一般の人にも読みやすいものとなっている。
取り上げられている研究には、例えば、超先端医療技術の急速な発展によって老化を防ぎ、最終的には「脱出速度」を超える(つまり老化の速度よりも速い速度で寿命を延ばす)超長寿計画や、現在不治の病を将来治療するために、全身または切断された頭部を冷凍保存する死後蘇生、そして、身体の各部を機械装置で置き換えたり補ったりして、最終的には完全に機械的な身体を得るサイボーグ化などがある。さらに、脳に蓄えられた情報を抽出し、ソフトウェア化して何らかのプラットフォームにアップロードする「マインドアップロード」という技術も提案されている。
これを応用すれば、人間は仮想世界に入り込んだり、機械の身体に精神情報だけをインストールして永遠に生きたりできる。そうなれば、人類が宇宙に進出することも可能になるだろう。
(この点、私は、前述のSFストーリーよりも、近い将来、宇宙開発は現在の科学の延長線上にあると常々感じていたが、人類のハード面とソフト面の両方の「進化」なしにはこれ以上進めないという限界にすでに達しているというのが、トランスヒューマニストの間での共通認識のようだ。)
シリコンバレーでは、すでにこうした動きが広く受け入れられ、資金も投入され、活発に研究されている。つい最近まで妄想でしかなかったものが、今や目の前で現実になりつつある。
本書には、人類の今後の進歩を予測する上で必ず重要となる情報が満載であるとともに、心とは何か、死とは何かといった普遍的な問いに対して、まったく新しい視点からの示唆も提供している。現代人にとって必読の一冊である。